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ハイ、こんばんは。TOKIOのリーダー、城島茂です。さぁ今夜も始まりました、城島茂のTOKIO CLUBですけれどもね、先日、わたくし、誕生日を17日で迎えまして、34歳になったわけですけども、メンバーからも、おめでとうって、プレゼントを頂いたり、この番組宛てにもね、リスナーの皆さんから、お便りいろいろ、おめでとうって風なお便り、いろいろ頂いたんで、ホントにありがとうございました。まぁそうっすね、1年ってあっという間ですね。去年友達、プライベートの話なんですけど、友達が誕生日の瞬間に、みんな男同士集まって、おめでとうって、バーで(笑)ホント男だけで、女ッ気なしでね(笑)。なんかパーティをやってくれたんですけどね、今年もみんな集まってくれて、おめでとうってやったんですけど、やっぱね、どっちかっていうと、めでたい話なんですけどね、僕は祝われるよりかは、祝う方が割と好きなタイプで、なんか、おめでとうって言われるの、凄く嬉しいんですけど、ナンて答えていいのかちょっと照れくさいっていうね、方向で、ナンか照れくさいのがちょっと苦手だったりするんですけどね。ホントはスゴい嬉しいんですけど表現するのが、すごい下手でね、この場を借りてホントにありがとうって言いたいんですけども。まぁホントに11月は長瀬も7日で26か、なってね、段々TOKIOも高齢化が(笑)進んでおりますけでもね、今夜も30分、宜しくという事で、早速いきましょうか!今夜の1曲目です。11月17日リリース、ニューシングルですね、mihimaru GTで『HPSJ』
(曲演奏)
【城島茂の19××】さて、このコーナーは、アナタの記念日を入り口に、ラジオごと、その時代にタイムスリップしようというコーナーです。今日はどんな日なんでしょうかね?メールを紹介しましょう。「今日は私が尊敬している人の誕生日をリクエストします。その人に出会ったのは、私が中学一年生の時です。当時学校で一番仲良くしていた子と喧嘩して口もきかなくなってしまいました。そんな時、偶然テレビで見たのが、とても仲のいい、5人組のグループでした。興味を持っていろいろ調べていくと、そのグループメンバーは何度も喧嘩して、その度に絆を強くしていったことを知りました。喧嘩をすることは、その人を嫌いになることではない、その人とより深く知る為に大切な事。それこそが友情なんだという事を教えてもらいました。私が知りたいのは、そのグループのリーダーが生まれた日、1970年11月17日です」という、お便りを頂きましたけども。あ~そうですか。これは僕のことかな!?(笑)【照れくさいって言ったばかりだもんね!照れてるリーダーが可愛い♪】僕のことですね!あぁそう。中一の時に喧嘩したの、友達とねぇ?ありがとうございます。私も34歳になりましたけどね。じゃ、今日は1970年11月17日にタイムスリップしましょうか!さて1970年。つまり昭和45年ですね。この年は大阪万博が開かれた年ですね。あの太陽の塔ってありますけどね、大阪にね。岡本太郎さんがデザインしたってやつですけど。そして映画「イージーライダー」が公開された年でもあるということで。さぁそれではですね、11月17日、34年前の新聞が(笑)ありますんでね、わぁ34年前っていったら、ナンかリアルやなぁ。見てみましょうか。いろいろあります。あのね、事前にちょっといろいろ新聞、見させてもらったんですけど、どういう記事がいいかなぁと。これが面白い!ビックリしますよ、34年前の11月17日のね、新聞。ちょっと時代を感じますが。ちょっとココでなんていうのか、新聞を読んでる方からの投稿、っていうかね、あるんですけれども、静岡県の主婦の方から、43歳の方からの投稿みたいのがあるんですが、ま、要はですね、ナンか電気屋さんに修理代をかけるより、カラーにしたらどうです?と言われたと。万国博に行くよりも、と思って待望のカラーテレビを買ったと。だからこの時代、モノクロテレビ、カラーテレビが全国に普及する前か、それぐらいの頃でね、このカラーテレビに対しての苦情がね、寄せられてるっていう時代なんですね。ん!て感じですよね。そしてその肝心のテレビ番組、何をやってたかというと、1970年11月17日は火曜日だったんですね。お昼12時、6チャンネル、東京でいう6チャンネル、TBSテレビですね。12時から「ベルトクイズQ&Q」コレ、僕もね、子供の頃、見てましたけど。これをやってて、あと10チャンネル、テレビ朝日になるわけですけど、この頃、テレビ朝日、ちゃうわ!NETテレビって書いてる!おー!なぁ?でもテレ朝ってことでしょ?大阪やったらABCやけど。これ12時から「桂小金治アフタヌーンショー」って書いてますね。そして夜の7時。「奥様は18歳」岡崎ゆき・石立鉄男他って書いてますね。で、同じく7時では「みなしごハッチ」っていうのをやってますね。今の子、知らないかなぁ?で、日本テレビではですね、大阪だと読売かな?8時からは「巨泉・前武、ゲバゲバ90分」って書いてますね。小川知子さん、藤村俊二さん、岡崎ゆき、宍戸錠、キャロライン洋子他って書いてますね。そして9時半からは「ミュージック・フェア’70」って書いてます。ナンシー・ウィルソンって書いてますね。誰や?ナンシー・ウィルソン?僕でも判らんなぁ!そんな番組、いろいろやってたわけですけど。さ、他にもありますよ!これ、面白かった!女性向けの週刊誌、広告よくあるじゃないですか。あれに『デビ夫人に新しい恋人が出現!?』って思いっきり書いてあります。「精一杯若作りのデビ夫人をエスコートするのは、フランスのPRマン!」って書いてます。そんなん、失礼やな!(笑)でもスゴイですね。この頃からデビ夫人っていうのはホントに週刊誌に載るぐらいの方だったんだっていうことですよね?さ、他にもこの頃1970年、ちょうどベトナム戦争の途中でね、ソレに対しての記事も出ております。あとはですね、これは僕ちょっと個人的にビックリしたんですけど、社会の欄でですね、「食品添加物にメス」って書いてあるんですけど、ちょうどこの時代に食品に対しての添加物とか、いろいろ、ま、今、そういうの、結構表示されてますけど、コンビニ、今でこそ。この頃は、やっとソコの部分にメスが入った時代だったんですね。どうなってんや?と。で、その裏にはですね、「鉛の公害、街路樹にも」って書いてまして、学者さんが一生懸命排気ガスに対しての実験を繰り返してて、この汚染の源は排気ガスじゃないかということを研究してるという。1970年、そういうこと、やっと研究しだした。それから30年近く経ってやっと、排ガス規制とか、いろいろ言われるようになってねぇ!車でいえば名車が結局は無くなって、新しくなったと。ロータリーエンジンとか、いろいろありますけどね。そこらへんで車もやっと30年くらい経って、ちょっと注目されたということなんでしょうね。さて、もう一つ興味深いので、この年お金のね、どういう感じになってたのかって。アルバイト。これなんやろ?電話番号、東京電話番号案内局って書いてますよ。これで、時給が230円って書いてますね。安いんやねぇ、やっぱね。あとですね、僕すっごい、一番気になったのが、最初に目に入ったのが、宝くじの番号、当選番号のネ、発表があるんですよね。第510回関東中部東北自治宝くじ当選番号って書いてますけど(笑)。コレ、一等がナンと、700万円。一等がよ!?今、一億とか三億とか言ってるのに。で、一番下の7等で、50円。だから一枚50円やったわけですね。そう考えたら今一番安いので100円でしょ?7等で。7等になるのかな?最低で。だから二分の一なんですよ、30年前。っていうことは一等の当選金額が二倍やとしたら1400万と考えたら、当時一等が700万で、今一枚300円でしょ?ドリーム【ジャンボね!】でいえばさ。だから、そう…、あ、そうか!これドリームになるのか!?【スタッフの声で“コレ、普通の…”】普通のヤツか?だから今一等がそう考えたら、う~ん、ってカンジやねんけどね。どう思うかアレなんですが。さて、これまたね、気になると思うんですよ。あの、今ラジオをお聞きの、特に男性の方。お父さん世代の方。この34年前、11月17日の広告に原宿ね、まぁ明治神宮になりますけども、一応。明治神宮に隣接した高級住宅地、秀和第2神宮レジデンス。思いっきり、マンションですね、要はね。国電原宿駅徒歩8分。国電千駄ヶ谷駅徒歩12分。鉄筋コンクリート7階建て。これで一番安いのでね、マンションですわ。32㎡で575万。一番広いので52㎡。大体2Lかな、2LDKくらいかな?52っつったらね。これで935万ですからね!原宿。駅から歩いて8分。これは安いわな!?(笑)当時やからね!ところが、一転して高いのが、家電。ありますけどね、この当時エアコン、18万ですよ!工事費別。たっかい!デカイし!これはホンマに僕ら、子供の頃って、クーラーなんか、かけようもんなら、ウチのおかん、『もったいない、もったいない!アホか!?窓あけとき!扇風機!扇風機!』とムチャクチャ、『体悪くする!』って(笑)とにかくね、『電気食うから!』って。せっかくムリして買うたのに『つけてもいいやんか、母ちゃん!』とか言ってたけど。あとですね、赤札市って書いてね、家電がすっごい、デパートで安くしますって広告出てるんですが、一流メーカー、マルチステレオ。これ、スッゴイ、デカいですよ!昔のやつやから、CDとかじゃなくて、レコード盤やから、どれくらいデカいんやろ?箪笥を横倒しにしたくらい、デカさやだけど、これが10万5千円。で、一流メーカーのピアノね、デカい、アップライトになるのかな?13万8千円。でよく昔銭湯にね、置いてたマッサージ機ね、手で肩の高さを調節するヤツが、3万5千円。冷蔵庫、2ドア冷蔵庫が152リットルのサイズで6万5千円って書いてますね。あ、一流メーカー脱水機付き洗濯機、コレ2層式ですね。この頃は。これが1万7千8百円。カラーテレビが19型で8万9千円。コレ高い。だからさ、当時の月給でいうと、すっごい高いんですよね!ビックリしたんが、計算機。普通の計算機よ!今100円とか、電卓なんて100円均一で売ってるやん!あれのもっとデカいやつで、いまさっき、ビックリしたんやけど、広告、ココあるわ。いくらやと思う?(笑)34年前。コレ、クイズ!ペッペッペッペーン~♪現金価格13万9千5百円!って書いてるよ、これ!すっごいなぁ!当時はだから、電卓っていうのは画期的なコトだったんだ!ていうことなんですけどね。これでいかに1970年がどういう時代だったかってよく判ると思うんですけど。(笑)ナンか、相当おっさんのような気がしてきましたけどね、気持ちは十代、永遠のティーンエージャーの僕ですが、え~、ココで気になる、僕もバンド、リーダーやってるんで、シングルチャート、ちょっと調べたんですが、さすがにこの日のチャートは無くて、年間のチャートしか無くて、調べてみたところ、1970年、第一位は皆川おさむさんで、「黒猫のタンゴ」これが、1位で、142万枚売り上げたと。そして第2位が、ザ・ドリフターズ、「ドリフのズンドコ節」これが78万枚。第3位が藤圭子さんで「圭子の夢は夜ひらく」と、いうようなチャートとなっておりますけど、いや、懐かしいですよ。内山田洋さんとクールファイブとかね、ヒデとロザンナ、菅原洋一さんとかね。辺見マリさんとか、いろいろ、青江三奈さんとか、そういう歌手の方の名前が連なってるわけですけどね。さぁこん中で、今日は何をかけようかと、いうことなんですけど、まぁそうですね、僕の中ではやっぱり、この時代、小学生の時代とか、この時代、さすがに生まれたばかりなんでね、記憶はもちろんないんですけど、やっぱりパーッとこのチャートを見て思い出に残ってるのが、藤圭子さんですね。「圭子の夢は夜ひらく」15、16、17と、私の人生、暗かった、という詞があるんですけど(笑)、相当な詞なんですけど、当時の日本、僕らの子供の頃の、その街だけだったのかもしれないけど、とにかく頑張ろうと。高度成長時代っていうのかな?そのちょっと後なんかもしれないけど、みんな一生懸命頑張っていこうぜ!っていう、演歌がとにかく流行ってて、そういう中で藤圭子さんの出現っていうのが、この曲っていうのが物凄いなんか、皆さんの心の中に、すーっと入っていった、そういう頑張ろうっていう光と影が、入り混じってた時代っていう感じですかね?(笑)ナンかね、相当昔なカンジがしますけど。ホントに。いや、でも、ホントに、藤圭子さんていえば、今では宇多田ヒカルさんのお母さんって言った方が若い子にとっては、もっとピンと来るのかもしれませんが、当時はホントにカラーテレビが出てきたり、電卓が出てきたり、クーラーっていうのが出てきたり、まだビデオデッキが出てくる前ですね!全然無かったです。えぇ、そんな時代でした。じゃ、聴いてみましょう。藤圭子さんで「圭子の夢は夜ひらく」
(曲演奏)
さてさて、城島茂のTOKIO CLUBやってますけどもね、まぁ先日ですね、わたくし、久々にね、2年以上ぶりかな?ドラマ撮影しまして。フジテレビ系列、劇団演技者ってね、前に2年ぐらい前に山口と「黒いハンカチーフ」という、今DVDでね、販売してますけどね、ドラマやらしてもらったんですけど、それ以来ですから。うん、久々に役者しましたよ。2日でスタジオ撮り終えてね、朝から朝まで(笑)2日連続。次の日、九州行ってソーラーカーのロケやってね、結構体力的にはハードだったんですけども。でもね、ナンだろ?久々に、ま、一応主役やらせてもらったんですけど、TOKIO離れてね、お芝居やらせてもらって、すごい新鮮なカンジでしたね。すごい、あの、共演の皆さんとは、ナンか、すごいよくしてもらったというか、先輩ばっかでね、やっぱ、シブいね!やっぱお芝居、舞台とかずーっとやってはる人っていうのは演技に関しても。タイトルは「オートマチック」っていうね、タイトルなんですが、23日OAということで、時間が結構深めなんですけど、ちょっとお伝えします。24時58分からね、ま、30分ですわ!是非ね、チェックして欲しいなと思います。久々の役者、城島を(笑)見てもらえたらなと思います。えーと、一応4話で、5話めがメイキングみたいなカンジでね、なってますんでね、結構毎週見て欲しいな!えっ?っていう笑いあり、サスペンスあり、アクションありの結構なね、役なんでね、あ、結構な話なんでね、役柄についてはね、ん~、そうですね、31歳の役でね、コレはあまり内容ちょっとね、どういう役って言っちゃうとね、ちょっとね、ネタバレしちゃうんで、見てのお楽しみということで、宜しくお願いします。さてココで一曲です。松岡もね、「ナースマンがゆく」で頑張ってますからね。コチラの方もチェックして欲しいなと思いますが、その主題歌になっております、11月17日リリース、ニューシングルで「自分のために」
(曲演奏)
え~、ホントにお便りとかね、誕生日おめでとうっていうお便りとか、プレゼント、いろいろ頂きました。ホントにありがとうございました。34歳になりましたけどね、心はティーンエージャーの気分でね、ガッツ!ガッツ!いきますんで、これからもついてきて下さい!と、いうことで、お相手はTOKIOのリーダー、城島茂でした!それではまた来週。さよなら~!
(曲演奏)
【城島茂の19××】さて、このコーナーは、アナタの記念日を入り口に、ラジオごと、その時代にタイムスリップしようというコーナーです。今日はどんな日なんでしょうかね?メールを紹介しましょう。「今日は私が尊敬している人の誕生日をリクエストします。その人に出会ったのは、私が中学一年生の時です。当時学校で一番仲良くしていた子と喧嘩して口もきかなくなってしまいました。そんな時、偶然テレビで見たのが、とても仲のいい、5人組のグループでした。興味を持っていろいろ調べていくと、そのグループメンバーは何度も喧嘩して、その度に絆を強くしていったことを知りました。喧嘩をすることは、その人を嫌いになることではない、その人とより深く知る為に大切な事。それこそが友情なんだという事を教えてもらいました。私が知りたいのは、そのグループのリーダーが生まれた日、1970年11月17日です」という、お便りを頂きましたけども。あ~そうですか。これは僕のことかな!?(笑)【照れくさいって言ったばかりだもんね!照れてるリーダーが可愛い♪】僕のことですね!あぁそう。中一の時に喧嘩したの、友達とねぇ?ありがとうございます。私も34歳になりましたけどね。じゃ、今日は1970年11月17日にタイムスリップしましょうか!さて1970年。つまり昭和45年ですね。この年は大阪万博が開かれた年ですね。あの太陽の塔ってありますけどね、大阪にね。岡本太郎さんがデザインしたってやつですけど。そして映画「イージーライダー」が公開された年でもあるということで。さぁそれではですね、11月17日、34年前の新聞が(笑)ありますんでね、わぁ34年前っていったら、ナンかリアルやなぁ。見てみましょうか。いろいろあります。あのね、事前にちょっといろいろ新聞、見させてもらったんですけど、どういう記事がいいかなぁと。これが面白い!ビックリしますよ、34年前の11月17日のね、新聞。ちょっと時代を感じますが。ちょっとココでなんていうのか、新聞を読んでる方からの投稿、っていうかね、あるんですけれども、静岡県の主婦の方から、43歳の方からの投稿みたいのがあるんですが、ま、要はですね、ナンか電気屋さんに修理代をかけるより、カラーにしたらどうです?と言われたと。万国博に行くよりも、と思って待望のカラーテレビを買ったと。だからこの時代、モノクロテレビ、カラーテレビが全国に普及する前か、それぐらいの頃でね、このカラーテレビに対しての苦情がね、寄せられてるっていう時代なんですね。ん!て感じですよね。そしてその肝心のテレビ番組、何をやってたかというと、1970年11月17日は火曜日だったんですね。お昼12時、6チャンネル、東京でいう6チャンネル、TBSテレビですね。12時から「ベルトクイズQ&Q」コレ、僕もね、子供の頃、見てましたけど。これをやってて、あと10チャンネル、テレビ朝日になるわけですけど、この頃、テレビ朝日、ちゃうわ!NETテレビって書いてる!おー!なぁ?でもテレ朝ってことでしょ?大阪やったらABCやけど。これ12時から「桂小金治アフタヌーンショー」って書いてますね。そして夜の7時。「奥様は18歳」岡崎ゆき・石立鉄男他って書いてますね。で、同じく7時では「みなしごハッチ」っていうのをやってますね。今の子、知らないかなぁ?で、日本テレビではですね、大阪だと読売かな?8時からは「巨泉・前武、ゲバゲバ90分」って書いてますね。小川知子さん、藤村俊二さん、岡崎ゆき、宍戸錠、キャロライン洋子他って書いてますね。そして9時半からは「ミュージック・フェア’70」って書いてます。ナンシー・ウィルソンって書いてますね。誰や?ナンシー・ウィルソン?僕でも判らんなぁ!そんな番組、いろいろやってたわけですけど。さ、他にもありますよ!これ、面白かった!女性向けの週刊誌、広告よくあるじゃないですか。あれに『デビ夫人に新しい恋人が出現!?』って思いっきり書いてあります。「精一杯若作りのデビ夫人をエスコートするのは、フランスのPRマン!」って書いてます。そんなん、失礼やな!(笑)でもスゴイですね。この頃からデビ夫人っていうのはホントに週刊誌に載るぐらいの方だったんだっていうことですよね?さ、他にもこの頃1970年、ちょうどベトナム戦争の途中でね、ソレに対しての記事も出ております。あとはですね、これは僕ちょっと個人的にビックリしたんですけど、社会の欄でですね、「食品添加物にメス」って書いてあるんですけど、ちょうどこの時代に食品に対しての添加物とか、いろいろ、ま、今、そういうの、結構表示されてますけど、コンビニ、今でこそ。この頃は、やっとソコの部分にメスが入った時代だったんですね。どうなってんや?と。で、その裏にはですね、「鉛の公害、街路樹にも」って書いてまして、学者さんが一生懸命排気ガスに対しての実験を繰り返してて、この汚染の源は排気ガスじゃないかということを研究してるという。1970年、そういうこと、やっと研究しだした。それから30年近く経ってやっと、排ガス規制とか、いろいろ言われるようになってねぇ!車でいえば名車が結局は無くなって、新しくなったと。ロータリーエンジンとか、いろいろありますけどね。そこらへんで車もやっと30年くらい経って、ちょっと注目されたということなんでしょうね。さて、もう一つ興味深いので、この年お金のね、どういう感じになってたのかって。アルバイト。これなんやろ?電話番号、東京電話番号案内局って書いてますよ。これで、時給が230円って書いてますね。安いんやねぇ、やっぱね。あとですね、僕すっごい、一番気になったのが、最初に目に入ったのが、宝くじの番号、当選番号のネ、発表があるんですよね。第510回関東中部東北自治宝くじ当選番号って書いてますけど(笑)。コレ、一等がナンと、700万円。一等がよ!?今、一億とか三億とか言ってるのに。で、一番下の7等で、50円。だから一枚50円やったわけですね。そう考えたら今一番安いので100円でしょ?7等で。7等になるのかな?最低で。だから二分の一なんですよ、30年前。っていうことは一等の当選金額が二倍やとしたら1400万と考えたら、当時一等が700万で、今一枚300円でしょ?ドリーム【ジャンボね!】でいえばさ。だから、そう…、あ、そうか!これドリームになるのか!?【スタッフの声で“コレ、普通の…”】普通のヤツか?だから今一等がそう考えたら、う~ん、ってカンジやねんけどね。どう思うかアレなんですが。さて、これまたね、気になると思うんですよ。あの、今ラジオをお聞きの、特に男性の方。お父さん世代の方。この34年前、11月17日の広告に原宿ね、まぁ明治神宮になりますけども、一応。明治神宮に隣接した高級住宅地、秀和第2神宮レジデンス。思いっきり、マンションですね、要はね。国電原宿駅徒歩8分。国電千駄ヶ谷駅徒歩12分。鉄筋コンクリート7階建て。これで一番安いのでね、マンションですわ。32㎡で575万。一番広いので52㎡。大体2Lかな、2LDKくらいかな?52っつったらね。これで935万ですからね!原宿。駅から歩いて8分。これは安いわな!?(笑)当時やからね!ところが、一転して高いのが、家電。ありますけどね、この当時エアコン、18万ですよ!工事費別。たっかい!デカイし!これはホンマに僕ら、子供の頃って、クーラーなんか、かけようもんなら、ウチのおかん、『もったいない、もったいない!アホか!?窓あけとき!扇風機!扇風機!』とムチャクチャ、『体悪くする!』って(笑)とにかくね、『電気食うから!』って。せっかくムリして買うたのに『つけてもいいやんか、母ちゃん!』とか言ってたけど。あとですね、赤札市って書いてね、家電がすっごい、デパートで安くしますって広告出てるんですが、一流メーカー、マルチステレオ。これ、スッゴイ、デカいですよ!昔のやつやから、CDとかじゃなくて、レコード盤やから、どれくらいデカいんやろ?箪笥を横倒しにしたくらい、デカさやだけど、これが10万5千円。で、一流メーカーのピアノね、デカい、アップライトになるのかな?13万8千円。でよく昔銭湯にね、置いてたマッサージ機ね、手で肩の高さを調節するヤツが、3万5千円。冷蔵庫、2ドア冷蔵庫が152リットルのサイズで6万5千円って書いてますね。あ、一流メーカー脱水機付き洗濯機、コレ2層式ですね。この頃は。これが1万7千8百円。カラーテレビが19型で8万9千円。コレ高い。だからさ、当時の月給でいうと、すっごい高いんですよね!ビックリしたんが、計算機。普通の計算機よ!今100円とか、電卓なんて100円均一で売ってるやん!あれのもっとデカいやつで、いまさっき、ビックリしたんやけど、広告、ココあるわ。いくらやと思う?(笑)34年前。コレ、クイズ!ペッペッペッペーン~♪現金価格13万9千5百円!って書いてるよ、これ!すっごいなぁ!当時はだから、電卓っていうのは画期的なコトだったんだ!ていうことなんですけどね。これでいかに1970年がどういう時代だったかってよく判ると思うんですけど。(笑)ナンか、相当おっさんのような気がしてきましたけどね、気持ちは十代、永遠のティーンエージャーの僕ですが、え~、ココで気になる、僕もバンド、リーダーやってるんで、シングルチャート、ちょっと調べたんですが、さすがにこの日のチャートは無くて、年間のチャートしか無くて、調べてみたところ、1970年、第一位は皆川おさむさんで、「黒猫のタンゴ」これが、1位で、142万枚売り上げたと。そして第2位が、ザ・ドリフターズ、「ドリフのズンドコ節」これが78万枚。第3位が藤圭子さんで「圭子の夢は夜ひらく」と、いうようなチャートとなっておりますけど、いや、懐かしいですよ。内山田洋さんとクールファイブとかね、ヒデとロザンナ、菅原洋一さんとかね。辺見マリさんとか、いろいろ、青江三奈さんとか、そういう歌手の方の名前が連なってるわけですけどね。さぁこん中で、今日は何をかけようかと、いうことなんですけど、まぁそうですね、僕の中ではやっぱり、この時代、小学生の時代とか、この時代、さすがに生まれたばかりなんでね、記憶はもちろんないんですけど、やっぱりパーッとこのチャートを見て思い出に残ってるのが、藤圭子さんですね。「圭子の夢は夜ひらく」15、16、17と、私の人生、暗かった、という詞があるんですけど(笑)、相当な詞なんですけど、当時の日本、僕らの子供の頃の、その街だけだったのかもしれないけど、とにかく頑張ろうと。高度成長時代っていうのかな?そのちょっと後なんかもしれないけど、みんな一生懸命頑張っていこうぜ!っていう、演歌がとにかく流行ってて、そういう中で藤圭子さんの出現っていうのが、この曲っていうのが物凄いなんか、皆さんの心の中に、すーっと入っていった、そういう頑張ろうっていう光と影が、入り混じってた時代っていう感じですかね?(笑)ナンかね、相当昔なカンジがしますけど。ホントに。いや、でも、ホントに、藤圭子さんていえば、今では宇多田ヒカルさんのお母さんって言った方が若い子にとっては、もっとピンと来るのかもしれませんが、当時はホントにカラーテレビが出てきたり、電卓が出てきたり、クーラーっていうのが出てきたり、まだビデオデッキが出てくる前ですね!全然無かったです。えぇ、そんな時代でした。じゃ、聴いてみましょう。藤圭子さんで「圭子の夢は夜ひらく」
(曲演奏)
さてさて、城島茂のTOKIO CLUBやってますけどもね、まぁ先日ですね、わたくし、久々にね、2年以上ぶりかな?ドラマ撮影しまして。フジテレビ系列、劇団演技者ってね、前に2年ぐらい前に山口と「黒いハンカチーフ」という、今DVDでね、販売してますけどね、ドラマやらしてもらったんですけど、それ以来ですから。うん、久々に役者しましたよ。2日でスタジオ撮り終えてね、朝から朝まで(笑)2日連続。次の日、九州行ってソーラーカーのロケやってね、結構体力的にはハードだったんですけども。でもね、ナンだろ?久々に、ま、一応主役やらせてもらったんですけど、TOKIO離れてね、お芝居やらせてもらって、すごい新鮮なカンジでしたね。すごい、あの、共演の皆さんとは、ナンか、すごいよくしてもらったというか、先輩ばっかでね、やっぱ、シブいね!やっぱお芝居、舞台とかずーっとやってはる人っていうのは演技に関しても。タイトルは「オートマチック」っていうね、タイトルなんですが、23日OAということで、時間が結構深めなんですけど、ちょっとお伝えします。24時58分からね、ま、30分ですわ!是非ね、チェックして欲しいなと思います。久々の役者、城島を(笑)見てもらえたらなと思います。えーと、一応4話で、5話めがメイキングみたいなカンジでね、なってますんでね、結構毎週見て欲しいな!えっ?っていう笑いあり、サスペンスあり、アクションありの結構なね、役なんでね、あ、結構な話なんでね、役柄についてはね、ん~、そうですね、31歳の役でね、コレはあまり内容ちょっとね、どういう役って言っちゃうとね、ちょっとね、ネタバレしちゃうんで、見てのお楽しみということで、宜しくお願いします。さてココで一曲です。松岡もね、「ナースマンがゆく」で頑張ってますからね。コチラの方もチェックして欲しいなと思いますが、その主題歌になっております、11月17日リリース、ニューシングルで「自分のために」
(曲演奏)
え~、ホントにお便りとかね、誕生日おめでとうっていうお便りとか、プレゼント、いろいろ頂きました。ホントにありがとうございました。34歳になりましたけどね、心はティーンエージャーの気分でね、ガッツ!ガッツ!いきますんで、これからもついてきて下さい!と、いうことで、お相手はTOKIOのリーダー、城島茂でした!それではまた来週。さよなら~!
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