ラジオ番組テキスト・サイト
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
TOKIO NIGHT CLUB!
こんばんは。松岡昌宏です。オープニングのコーナー「松岡的タレント名鑑」。今回は「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」の「は」です。「は」たくさんいるんっすよ~。ま、袴っちとかね。ま、最近、あの、袴田吉彦はですね(笑)不毛地帯で、ナンか、真面目~な顔してやってますけどね(笑)あんな、トボケた男がね(笑)え~、まぁちょっと、あの、かなり遡ること、とてもお世話になった方、ご紹介します。浜木綿子さん。ま、ご存じ、香川照之さんのお母さんですよね。元宝塚のね。僕がですね、14、5歳か?中三の時ですから。の時と、18かな?の時、2回、浜さんがおやりになってる、おふくろシリーズという、ドラマが、ウチの城島も一度、お世話になってるんですけど、それの「おふくろに喝采」というドラマと「おふくろに逆襲」というドラマをやらして頂きました。浜さんがオフクロなんですけど、一番最初の、その「おふくろに喝采」というドラマは、浜さんのお子さん、お子さんっていうか、子供がね、ま、僕なんですけど、自閉症なんですよね。その自閉症の役を初めて挑戦して、やらしてもらった時にですね、すごく、あの、撮影中に、あの、いろんなことでお世話になって、それで、あの、監督が吉川監督という方だったんですけど、その監督もですね、とても、ナンだろ、映画の監督のような、ホントに昔堅気の監督なんですね。とっても、その、ナンか、撮影の中の厳しさみたいなのを、一番最初に叩きこまれた現場でした。だから、あとは、僕が子供だったこともありまして、浜さんはホントに自分のオフクロのようにですね、その、ま、お芝居の面以外にでもですね、いろんなことを教えてくれまして、結構、何回か怒られたんですけど、怒られたって言っても、ナンて言うんですか、なってないとか、そういうんじゃなくて、ナンだったっけな?オレがちょっと、風邪、風邪気味だったんですよね。で、風邪気味だったんですけど、ちょうど当時、あの、大泉撮影所、東映の大泉撮影所で撮影してまして、そこでね、あの、昼休憩時間に、撮影所の近所にあるスーパーで鉄火巻を買ってですね、ワタクシ、昼休み、食べてましたところ、「アンタ、ナニ食べてんの?」と言われて「鉄火巻です」って言ったら「バカじゃないの!?アンタ!風邪引いてるのに、ナンで生、食べてるの!?」って怒られてですね、ホント、次の日、温かいスープかナンか、作ってきて(笑)くれてですね、「アンタ、コレ、飲みなさい!」「スイマセン」って(笑)ホントにもう、ナンか、あの、母親のように。ちなみに、その、おふくろシリーズに、あの、紹介して下さったのが、実は、息子さんである香川照之さんでして、その前に「助教授 一色玲子」というね、ドラマがあったんですけど、その時に共演させてもらって、それで、たまたま浜さんが、そういう役の子を探しているって言った時に、香川さんが紹介して頂いたと。ま、そんなところから、僕はドラマやるようになったんですけどね。すごく、そういう意味では感謝しています。いつまでも、お元気で、オフクロ!ということで、浜木綿子さんでございました。さ、ココで1曲聴いて下さい。2月3日発売ですね。TOKIOで『advance』
(曲演奏)
ま、今さらですけど、ちょっと、お正月関係の話、ちょっとしましょうか。え~、ま、あの、ご覧になってくれた方もいらっしゃると思いますけども、31日に紅白歌合戦から、東京ドームでジャニーズカウントダウンをやらして頂いて、その後に、あの、1月1日はね、TOKIOの番組、生放送、3時間やらしてもらって、そっからは、ちょっと休みを頂いたんですけども、あの、ま、1月2日の日かな?に、ウチで、結構、あの、僕の仲間で実家に帰らないヤツって多いんですね。仕事だったり、あと、ま、遠かったり、とか、ま、いろんなことがあって。で、何年前かな?2年、3年、3回目かな?ウチで、じゃ、新年会やろうか?みたいな。鍋でも食べようと、いうんで、新年会をやったんですね。で、いつも、ま、メシ食ってる連中とか、酒飲んでる連中とか、そういう、もちろん、一般の方ばっかなんですけども、今回はね、多分ね、全部でね、ま、出たり入ったり、出たり入ったりして、二十何人来たのかな?(笑)それで、来て、大体2、3時間居て、帰るんですよね。それが入れ替わり立ち替わりなんですけど。まぁ、子供連れがやっぱ、多いんですよね。子供連れてくるのは、全然構わないんですけど、お正月に子供って言えばね、もう、皆さん、お分かりの通り、お年玉ですよね。お年玉(笑)スゴイんだよ!いっぱい連れてくるから、みんな!で、子供たちはもう、キャッキャキャッキャ、楽しんでんですけど、ナンか、もう、その、ナニ、ドンドンドンドン、みんな、大きくなっていくんだよね。で、今の子はドライだなぁと思ったんだけど、お年玉、友達の子供にお年玉渡したら、その子供が、目の前で、金額確認するんだよ(笑)。それで、金額を見て、初めて、ニコッと笑って「ありがとう」って言うのね(笑)。かなり大笑いしましたけどね。えぇ。で、そんな中、ずーっとまぁ、やってって、11、12時くらいまでやってですね、まぁ、大体、そっから深夜隊が来るんですよね。で、深夜隊が来て、で、ナンてことないですよね。ま、伊達巻とか、ま、ちょっと鍋つつきながら、朝方まで、ぐずら、ぐずら、ぐずら、ぐずら、喋ってるんですが、今回いたのがね、ま、この番組でもお馴染みの肉ですね。内山信二です(笑)。肉とですね、肉がもう一人肉を連れてきてですね、(笑)最近、ナンか、内山の後輩だって言うね、あの、芸人さんなんですよ。ライフラインって言ったかな?まるおってヤツなんですけど、そいつがまたもう、内山と負けず劣らず、肉玉なんですよ。ムシャムシャムシャムシャ、いつまででも、米、食ってるの、アイツら!1時間ぐらい、ずっと米食ってるの!オレ、米、だって、今回ね、2升ぐらい炊きましたよ。その為にジャー一個買ったんだもん、内山と、そのまるおの為に。えぇ、(笑)それでね、ウチでワイワイガヤガヤやってたんですけど、したら、島崎和歌子いますね?アイツも寂しいんでしょうね?えぇ、アイツも来ましてですね、(笑)でまぁ、最後が6、7人かな?みんなで、ワイワイ、ガヤガヤやってたんですよ。したらね、オレがトイレに行ってる間にね、コレね、オレがね、二十歳の時にね、買ったね、シャンパンがあるんですよ。1983年のシャンパン。ね、オレの好きな銘柄の。で、コレは30年経ったら飲もうって思って、隠しておいたの。それをね、あの島崎はどっからともなく、見つけてきてですね、ポンって音が聴こえたのね。アレ?シャンパン、ナニ、シャンパン、アレ?シャンパン、まだあったっけ?ナンて思って、で、トイレから(笑)出てきたら「美味しいね~、コレ!」ナンつってんの。あと3年、経ったら飲もうと思ってた、オレの大事にしてた、シャンパンを島崎和歌子と肉玉2人に飲まれてですね(笑)、もう、怒れないしね、別に。なーん、どっから見つけたんだ!?それ!みたいな。「ぬるくない?」て「当たり前だ!冷やしてないんだから!」みたいな。えぇ。まぁまぁまぁ、だけど、あの、とってもね、まぁ、あの、盛り上がった新年会だったんですけども、で、その後ね、ちょっと、唐沢さんから連絡あって、「ちょっと新年会やろうぜ」って言われて、で食事してて、そこに(笑)西田敏行さんがいらっしゃったんですけど、西田敏行さん、あの、紅白で審査員をおやりになってたんですね。「いやぁ、松っちゃん、観たよ~!ヨカッタね~」【モノマネしてます】ナンて言ってもらってですね、あんま、似てないんだけど、(笑)「いや、TOKIO、イイ曲歌ってるよね~」なんて言われて。似てんのかな?【ちょっぴり…?】(笑)それでね、カラオケ行ったんですけど、西田敏行さん、さすが、カッコイイんだ~!で、いつものメンバーですから、僕と、ミッチーとかね、で、竹ノ内さんもいて、竹ノ内豊さんとか、で、最後に西田敏行さんの歌で、あのあの「もしもピアノが弾けたなら」歌ってもらって、大感動、大拍手で終わりましたけど。いやぁ、面白かった。やっぱ、あぁいう先輩はあの、お話を聞くと、スゴク勉強になりますね。ナンかね、スゴクあの、大先輩じゃないですか、芸能界の。だけどやっぱり、ナンて言うんですかね、芸能人とか、そういうんじゃなくて、あの、ホントに人生の先輩としてね、お話を聴けてね、スゴクヨカッタです。幸せな時間、過ごさせてもらいました。ハイ、ココで1曲聴いて下さい。TOKIOで『また朝が来る』
(曲紹介)
『懐かしマボ・ワード』デュキュデュキュデュッ♪さ、オヤジくさいイメージがある、ワタクシだそうです。えぇその懐かしい、昭和の言葉がありますね。それをドコまで知ってるのかっていうのを、ワタクシが解読していこうと。当てて行こうという、挑戦してみようというコーナーです。さっそく行きましょう。『カラスの勝手でしょ』コレはまぁ、~ですよ。あの、ドリフターズですよね。志村けんさんね。♪カラス~なぜ鳴くの~ カラスの勝手でしょ♪バシッみたいな【!(^^)!ピンポンピンポーン♪】ありましたね、あの当時はスゴイ流行りましたね。だから、多分ね、僕、オレらもそうでしたけどね、あの、七つの子っていう歌でしたね?確かね。カラスのね。♪カラスは山に~♪なんですけど、それを♪カラスの勝手でしょ♪と覚えた子は、当時、相当多かったと思います。だから、♪カラス~なぜ鳴くの~ カラスは山に~♪でしょ?♪可愛い~七つの子があるからよ~♪アレを初めて聴いた時、替え歌だと思ってたもん。(笑)当時いろんなギャグありましたよ!あと、♪ピッカピッカの1年生♪ビシーン!とかね(笑)。あとやっぱりヒゲダンスはね、♪デンデンデンデンデーン♪もあったし、♪生麦生米生卵~♪もありましたね。♪デッデデデッスッテーン♪ってね。ドリフ世代だなぁ!完璧に。これはもうちょっと、答えられなきゃマズイでしょ。それじゃ、次!『積み木くずし』コレも流行りましたね。コレはドラマですよね。えぇ、家庭内暴力的な問題の。杉田かおるさんだっけ?あ、違うか。ドラマですね。【!(^^)!ピンポンピンポーン♪】コレはね、あ、そう、そう、そう!アレだ!非行少女の、ね、非行に走ってしまう少女。俳優の穂積隆信さんが、非行に走ってしまった娘さんとの、実体験を綴った本と。ドラマ化、映画化もされて、うん。これ、でも、積み木くずしって、何かすると、積み木くずしだって、いう風に、言われました、オレも子供の頃。「お前、積み木くずしか!?」みたいな。非行とか、不良ものの、話っていうのが、コレぐらいからじゃないの?多分、流行り出したの。ね、それから、大映ドラマで、必ず松村のアニキが不良やってる(笑)っていう。(笑)ナニ観ても松村のアニキが不良やってるって。スゴイんだよなぁ。あと、いっぱいありましたよね?結城司ね、「アリエスの乙女たち」のね【ナンで覚えてるの~!?】あとは、やっぱり「スクールウォーズ」大木大助!ねぇ!♪風は~独りで~吹いている~♪イャーっ!コラッー!みたいな。喧嘩の合間に歌うという。で、歌ってる時はZettai、かかってこないっていう(笑)、不良が。「イソップゥ!」みたいな。(笑)んなこと言ってるから、またぶっ飛ばされるんだよ。(笑)「お前、余計なこと言うんじゃないよ!」ボンっ!って(笑)。まぁありましたね。ナンだ、簡単ですね。ハイ、第3問!『こんなん出ましたけど~』え~、コレ、イタコさんでしたっけね?泉アツノさんの決め台詞でしたね。【!(^^)!ピンポンピンポーン♪】いいともとか、よく出ましたもんね、コーナーになってましたからね、一時ね。1989年の流行語。占い師の泉アツノさんの台詞ですね。コレ、白蛇占いですね。体にナンか、出てくるんですね。アーッ!ヨシッ!パンっ!って言った後にですね、「オヌシ!オヌシはな、オヌシに付いてる、ナニナニがいけないのじゃ!それを振り払って堅実に生きるがよい!ウーンッ!エイッ!…こんなん出ましたけど~」(笑)っていう【!(^^)!ピンポンピンポーン♪】ね?もう泉アツノさんも流行りましたよね~。よく、あの、手品すると、こんなん出ましたけど、こんなん出ましたけど、って、あの、誰が何を言うにも、こんなん出ましたけど、っていう風によく、流行りました。オレ、好きでした、あの人。(笑)大好きでした。いつもモノマネしてました。というワケで、パーフェクトじゃないですか!?あの、ちょっと、年末年始、開けてね、ちょっと、疲れてて、ちょっと、スタッフもちょっと、ネタ集めする時間も無いかも知れませんけど、もう少し、あの、このコーナーをですね、いとおって【愛しんでってコト?】ですね、愛してですね、(笑)あの、松岡が判んない問題を出さないと、聴いてるリスナーの方も、ナンだよ、ってことになりますしね。えぇ、大体僕と同じ世代の方って、みんなコレ判っちゃってるんで、もう少し、ちょっと、このコーナーは、温めて行きましょう。(笑)思います。さ、ココで1曲聴いて下さい。TOKIOで『CRY FOR THE MOON』【:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*: ワーイ♪】
(曲演奏)
TOKIO NIGHT CLUB、松岡昌宏がお送りしました。エンディングのプチコーナー『今更メール』「TOKIOは、今、みんな、自然体ですが」いえいえ、城島さんは不自然ですよ(笑)「デビュー当時、雑誌のインタビューとか、一番アイドルっぽかったのは誰ですか?」今も昔も、城島さんですよ。もうだって、彼は昔から永遠のティーンエージャーって言ってますからね。やっぱりアイドルっぽかったんじゃないですかね。あ、一番アイドルっぽかったのは、やっぱね~、「山口達也で~す!」【声高に言ってます♪よっぽど気に入ってんのね♪】(笑)「みなさん、こんにちは!山口達也で~す!」【エコー付き!TWにチクっちゃおうっかな~♪】えぇ、当時は山口達也が一番アイドルっぽいことしてたんじゃないすっかね~。ナンか、星が綺麗だとか、そんなことばっか言ってましたから、よく判んない。(笑)みんな、ナンか、それなりのこと、言ってたと思いますけど。多分、山口達也が一番アイドルっぽかった。デビュー当時はもう、落ち着いてたかな?デビュー前かな?うん。「それではご紹介しましょう。本日のゲスト、TOKIOの山口達也さんで~す!」「みなさん、こんにちは!山口達也です♪」その頃、松岡くんは「松岡昌宏で~す!イェーイ!」【チャラッぽく言ってます】(笑)「松岡昌宏で~す!イェーイ!」(笑)「Love & Peace!」みたいな。(笑)そんな感じでしたね。よく判んない。よく判んない時代を駆け抜けてました。さ、今更聴けないTOKIOに関す素朴な疑問、大募集しています。さらにワタクシ、マボのベタベタがもらえる、クイズ松岡の出場者も大歓迎しております。【宛先告知略】TOKIO NIGHT CLUB、松岡昌宏がお相手でした~。バイバイ!
こんばんは。松岡昌宏です。オープニングのコーナー「松岡的タレント名鑑」。今回は「は」「ひ」「ふ」「へ」「ほ」の「は」です。「は」たくさんいるんっすよ~。ま、袴っちとかね。ま、最近、あの、袴田吉彦はですね(笑)不毛地帯で、ナンか、真面目~な顔してやってますけどね(笑)あんな、トボケた男がね(笑)え~、まぁちょっと、あの、かなり遡ること、とてもお世話になった方、ご紹介します。浜木綿子さん。ま、ご存じ、香川照之さんのお母さんですよね。元宝塚のね。僕がですね、14、5歳か?中三の時ですから。の時と、18かな?の時、2回、浜さんがおやりになってる、おふくろシリーズという、ドラマが、ウチの城島も一度、お世話になってるんですけど、それの「おふくろに喝采」というドラマと「おふくろに逆襲」というドラマをやらして頂きました。浜さんがオフクロなんですけど、一番最初の、その「おふくろに喝采」というドラマは、浜さんのお子さん、お子さんっていうか、子供がね、ま、僕なんですけど、自閉症なんですよね。その自閉症の役を初めて挑戦して、やらしてもらった時にですね、すごく、あの、撮影中に、あの、いろんなことでお世話になって、それで、あの、監督が吉川監督という方だったんですけど、その監督もですね、とても、ナンだろ、映画の監督のような、ホントに昔堅気の監督なんですね。とっても、その、ナンか、撮影の中の厳しさみたいなのを、一番最初に叩きこまれた現場でした。だから、あとは、僕が子供だったこともありまして、浜さんはホントに自分のオフクロのようにですね、その、ま、お芝居の面以外にでもですね、いろんなことを教えてくれまして、結構、何回か怒られたんですけど、怒られたって言っても、ナンて言うんですか、なってないとか、そういうんじゃなくて、ナンだったっけな?オレがちょっと、風邪、風邪気味だったんですよね。で、風邪気味だったんですけど、ちょうど当時、あの、大泉撮影所、東映の大泉撮影所で撮影してまして、そこでね、あの、昼休憩時間に、撮影所の近所にあるスーパーで鉄火巻を買ってですね、ワタクシ、昼休み、食べてましたところ、「アンタ、ナニ食べてんの?」と言われて「鉄火巻です」って言ったら「バカじゃないの!?アンタ!風邪引いてるのに、ナンで生、食べてるの!?」って怒られてですね、ホント、次の日、温かいスープかナンか、作ってきて(笑)くれてですね、「アンタ、コレ、飲みなさい!」「スイマセン」って(笑)ホントにもう、ナンか、あの、母親のように。ちなみに、その、おふくろシリーズに、あの、紹介して下さったのが、実は、息子さんである香川照之さんでして、その前に「助教授 一色玲子」というね、ドラマがあったんですけど、その時に共演させてもらって、それで、たまたま浜さんが、そういう役の子を探しているって言った時に、香川さんが紹介して頂いたと。ま、そんなところから、僕はドラマやるようになったんですけどね。すごく、そういう意味では感謝しています。いつまでも、お元気で、オフクロ!ということで、浜木綿子さんでございました。さ、ココで1曲聴いて下さい。2月3日発売ですね。TOKIOで『advance』
(曲演奏)
ま、今さらですけど、ちょっと、お正月関係の話、ちょっとしましょうか。え~、ま、あの、ご覧になってくれた方もいらっしゃると思いますけども、31日に紅白歌合戦から、東京ドームでジャニーズカウントダウンをやらして頂いて、その後に、あの、1月1日はね、TOKIOの番組、生放送、3時間やらしてもらって、そっからは、ちょっと休みを頂いたんですけども、あの、ま、1月2日の日かな?に、ウチで、結構、あの、僕の仲間で実家に帰らないヤツって多いんですね。仕事だったり、あと、ま、遠かったり、とか、ま、いろんなことがあって。で、何年前かな?2年、3年、3回目かな?ウチで、じゃ、新年会やろうか?みたいな。鍋でも食べようと、いうんで、新年会をやったんですね。で、いつも、ま、メシ食ってる連中とか、酒飲んでる連中とか、そういう、もちろん、一般の方ばっかなんですけども、今回はね、多分ね、全部でね、ま、出たり入ったり、出たり入ったりして、二十何人来たのかな?(笑)それで、来て、大体2、3時間居て、帰るんですよね。それが入れ替わり立ち替わりなんですけど。まぁ、子供連れがやっぱ、多いんですよね。子供連れてくるのは、全然構わないんですけど、お正月に子供って言えばね、もう、皆さん、お分かりの通り、お年玉ですよね。お年玉(笑)スゴイんだよ!いっぱい連れてくるから、みんな!で、子供たちはもう、キャッキャキャッキャ、楽しんでんですけど、ナンか、もう、その、ナニ、ドンドンドンドン、みんな、大きくなっていくんだよね。で、今の子はドライだなぁと思ったんだけど、お年玉、友達の子供にお年玉渡したら、その子供が、目の前で、金額確認するんだよ(笑)。それで、金額を見て、初めて、ニコッと笑って「ありがとう」って言うのね(笑)。かなり大笑いしましたけどね。えぇ。で、そんな中、ずーっとまぁ、やってって、11、12時くらいまでやってですね、まぁ、大体、そっから深夜隊が来るんですよね。で、深夜隊が来て、で、ナンてことないですよね。ま、伊達巻とか、ま、ちょっと鍋つつきながら、朝方まで、ぐずら、ぐずら、ぐずら、ぐずら、喋ってるんですが、今回いたのがね、ま、この番組でもお馴染みの肉ですね。内山信二です(笑)。肉とですね、肉がもう一人肉を連れてきてですね、(笑)最近、ナンか、内山の後輩だって言うね、あの、芸人さんなんですよ。ライフラインって言ったかな?まるおってヤツなんですけど、そいつがまたもう、内山と負けず劣らず、肉玉なんですよ。ムシャムシャムシャムシャ、いつまででも、米、食ってるの、アイツら!1時間ぐらい、ずっと米食ってるの!オレ、米、だって、今回ね、2升ぐらい炊きましたよ。その為にジャー一個買ったんだもん、内山と、そのまるおの為に。えぇ、(笑)それでね、ウチでワイワイガヤガヤやってたんですけど、したら、島崎和歌子いますね?アイツも寂しいんでしょうね?えぇ、アイツも来ましてですね、(笑)でまぁ、最後が6、7人かな?みんなで、ワイワイ、ガヤガヤやってたんですよ。したらね、オレがトイレに行ってる間にね、コレね、オレがね、二十歳の時にね、買ったね、シャンパンがあるんですよ。1983年のシャンパン。ね、オレの好きな銘柄の。で、コレは30年経ったら飲もうって思って、隠しておいたの。それをね、あの島崎はどっからともなく、見つけてきてですね、ポンって音が聴こえたのね。アレ?シャンパン、ナニ、シャンパン、アレ?シャンパン、まだあったっけ?ナンて思って、で、トイレから(笑)出てきたら「美味しいね~、コレ!」ナンつってんの。あと3年、経ったら飲もうと思ってた、オレの大事にしてた、シャンパンを島崎和歌子と肉玉2人に飲まれてですね(笑)、もう、怒れないしね、別に。なーん、どっから見つけたんだ!?それ!みたいな。「ぬるくない?」て「当たり前だ!冷やしてないんだから!」みたいな。えぇ。まぁまぁまぁ、だけど、あの、とってもね、まぁ、あの、盛り上がった新年会だったんですけども、で、その後ね、ちょっと、唐沢さんから連絡あって、「ちょっと新年会やろうぜ」って言われて、で食事してて、そこに(笑)西田敏行さんがいらっしゃったんですけど、西田敏行さん、あの、紅白で審査員をおやりになってたんですね。「いやぁ、松っちゃん、観たよ~!ヨカッタね~」【モノマネしてます】ナンて言ってもらってですね、あんま、似てないんだけど、(笑)「いや、TOKIO、イイ曲歌ってるよね~」なんて言われて。似てんのかな?【ちょっぴり…?】(笑)それでね、カラオケ行ったんですけど、西田敏行さん、さすが、カッコイイんだ~!で、いつものメンバーですから、僕と、ミッチーとかね、で、竹ノ内さんもいて、竹ノ内豊さんとか、で、最後に西田敏行さんの歌で、あのあの「もしもピアノが弾けたなら」歌ってもらって、大感動、大拍手で終わりましたけど。いやぁ、面白かった。やっぱ、あぁいう先輩はあの、お話を聞くと、スゴク勉強になりますね。ナンかね、スゴクあの、大先輩じゃないですか、芸能界の。だけどやっぱり、ナンて言うんですかね、芸能人とか、そういうんじゃなくて、あの、ホントに人生の先輩としてね、お話を聴けてね、スゴクヨカッタです。幸せな時間、過ごさせてもらいました。ハイ、ココで1曲聴いて下さい。TOKIOで『また朝が来る』
(曲紹介)
『懐かしマボ・ワード』デュキュデュキュデュッ♪さ、オヤジくさいイメージがある、ワタクシだそうです。えぇその懐かしい、昭和の言葉がありますね。それをドコまで知ってるのかっていうのを、ワタクシが解読していこうと。当てて行こうという、挑戦してみようというコーナーです。さっそく行きましょう。『カラスの勝手でしょ』コレはまぁ、~ですよ。あの、ドリフターズですよね。志村けんさんね。♪カラス~なぜ鳴くの~ カラスの勝手でしょ♪バシッみたいな【!(^^)!ピンポンピンポーン♪】ありましたね、あの当時はスゴイ流行りましたね。だから、多分ね、僕、オレらもそうでしたけどね、あの、七つの子っていう歌でしたね?確かね。カラスのね。♪カラスは山に~♪なんですけど、それを♪カラスの勝手でしょ♪と覚えた子は、当時、相当多かったと思います。だから、♪カラス~なぜ鳴くの~ カラスは山に~♪でしょ?♪可愛い~七つの子があるからよ~♪アレを初めて聴いた時、替え歌だと思ってたもん。(笑)当時いろんなギャグありましたよ!あと、♪ピッカピッカの1年生♪ビシーン!とかね(笑)。あとやっぱりヒゲダンスはね、♪デンデンデンデンデーン♪もあったし、♪生麦生米生卵~♪もありましたね。♪デッデデデッスッテーン♪ってね。ドリフ世代だなぁ!完璧に。これはもうちょっと、答えられなきゃマズイでしょ。それじゃ、次!『積み木くずし』コレも流行りましたね。コレはドラマですよね。えぇ、家庭内暴力的な問題の。杉田かおるさんだっけ?あ、違うか。ドラマですね。【!(^^)!ピンポンピンポーン♪】コレはね、あ、そう、そう、そう!アレだ!非行少女の、ね、非行に走ってしまう少女。俳優の穂積隆信さんが、非行に走ってしまった娘さんとの、実体験を綴った本と。ドラマ化、映画化もされて、うん。これ、でも、積み木くずしって、何かすると、積み木くずしだって、いう風に、言われました、オレも子供の頃。「お前、積み木くずしか!?」みたいな。非行とか、不良ものの、話っていうのが、コレぐらいからじゃないの?多分、流行り出したの。ね、それから、大映ドラマで、必ず松村のアニキが不良やってる(笑)っていう。(笑)ナニ観ても松村のアニキが不良やってるって。スゴイんだよなぁ。あと、いっぱいありましたよね?結城司ね、「アリエスの乙女たち」のね【ナンで覚えてるの~!?】あとは、やっぱり「スクールウォーズ」大木大助!ねぇ!♪風は~独りで~吹いている~♪イャーっ!コラッー!みたいな。喧嘩の合間に歌うという。で、歌ってる時はZettai、かかってこないっていう(笑)、不良が。「イソップゥ!」みたいな。(笑)んなこと言ってるから、またぶっ飛ばされるんだよ。(笑)「お前、余計なこと言うんじゃないよ!」ボンっ!って(笑)。まぁありましたね。ナンだ、簡単ですね。ハイ、第3問!『こんなん出ましたけど~』え~、コレ、イタコさんでしたっけね?泉アツノさんの決め台詞でしたね。【!(^^)!ピンポンピンポーン♪】いいともとか、よく出ましたもんね、コーナーになってましたからね、一時ね。1989年の流行語。占い師の泉アツノさんの台詞ですね。コレ、白蛇占いですね。体にナンか、出てくるんですね。アーッ!ヨシッ!パンっ!って言った後にですね、「オヌシ!オヌシはな、オヌシに付いてる、ナニナニがいけないのじゃ!それを振り払って堅実に生きるがよい!ウーンッ!エイッ!…こんなん出ましたけど~」(笑)っていう【!(^^)!ピンポンピンポーン♪】ね?もう泉アツノさんも流行りましたよね~。よく、あの、手品すると、こんなん出ましたけど、こんなん出ましたけど、って、あの、誰が何を言うにも、こんなん出ましたけど、っていう風によく、流行りました。オレ、好きでした、あの人。(笑)大好きでした。いつもモノマネしてました。というワケで、パーフェクトじゃないですか!?あの、ちょっと、年末年始、開けてね、ちょっと、疲れてて、ちょっと、スタッフもちょっと、ネタ集めする時間も無いかも知れませんけど、もう少し、あの、このコーナーをですね、いとおって【愛しんでってコト?】ですね、愛してですね、(笑)あの、松岡が判んない問題を出さないと、聴いてるリスナーの方も、ナンだよ、ってことになりますしね。えぇ、大体僕と同じ世代の方って、みんなコレ判っちゃってるんで、もう少し、ちょっと、このコーナーは、温めて行きましょう。(笑)思います。さ、ココで1曲聴いて下さい。TOKIOで『CRY FOR THE MOON』【:*.;".*・;・^;・:\(*^▽^*)/:・;^・;・*.";.*: ワーイ♪】
(曲演奏)
TOKIO NIGHT CLUB、松岡昌宏がお送りしました。エンディングのプチコーナー『今更メール』「TOKIOは、今、みんな、自然体ですが」いえいえ、城島さんは不自然ですよ(笑)「デビュー当時、雑誌のインタビューとか、一番アイドルっぽかったのは誰ですか?」今も昔も、城島さんですよ。もうだって、彼は昔から永遠のティーンエージャーって言ってますからね。やっぱりアイドルっぽかったんじゃないですかね。あ、一番アイドルっぽかったのは、やっぱね~、「山口達也で~す!」【声高に言ってます♪よっぽど気に入ってんのね♪】(笑)「みなさん、こんにちは!山口達也で~す!」【エコー付き!TWにチクっちゃおうっかな~♪】えぇ、当時は山口達也が一番アイドルっぽいことしてたんじゃないすっかね~。ナンか、星が綺麗だとか、そんなことばっか言ってましたから、よく判んない。(笑)みんな、ナンか、それなりのこと、言ってたと思いますけど。多分、山口達也が一番アイドルっぽかった。デビュー当時はもう、落ち着いてたかな?デビュー前かな?うん。「それではご紹介しましょう。本日のゲスト、TOKIOの山口達也さんで~す!」「みなさん、こんにちは!山口達也です♪」その頃、松岡くんは「松岡昌宏で~す!イェーイ!」【チャラッぽく言ってます】(笑)「松岡昌宏で~す!イェーイ!」(笑)「Love & Peace!」みたいな。(笑)そんな感じでしたね。よく判んない。よく判んない時代を駆け抜けてました。さ、今更聴けないTOKIOに関す素朴な疑問、大募集しています。さらにワタクシ、マボのベタベタがもらえる、クイズ松岡の出場者も大歓迎しております。【宛先告知略】TOKIO NIGHT CLUB、松岡昌宏がお相手でした~。バイバイ!
PR
この記事にコメントする